元登校拒否児の戯れ言

雑記
スポンサーリンク

こんにちは、イナズマです⚡️@inazuma_zuma

今回はただの思い出話です。

私は小学校、中学校と登校拒否をしていました。そのわりに社会的な他人のこうした問題に関わりを持ってこなかった事、登校拒否・不登校に関して悩んでいる親や当人が数多くいる事を考えてみて、自分の思い出話に一部でも参考になる事があるのではないか?と思い記事にしてみました。

スポンサーリンク
最近のコメント

    なぜ登校拒否をしていたのか?

    ちゃんと数えた事はありませんが、恐らく私は小学中学合わせて9年間だとして、全登校期間合わせても、4年間位しか学校には通っていません。

    幼稚園の時から休みがちでしたが、小学校の3年生位から登校拒否期間が長くなっていきました。

    当時もよく聞かれたものですが、何故学校に来ないのか?ですが簡単に言うと、行きたくなかったからです。

    当時の私は精神年齢が高く(単純にませていただけですが。)同級生との会話にストレスを感じていました。自分はこの中では異質であるという思いが強く疎外感がありました。

    何故来ないのか?と聞かれれば、何故来なければいけないのか?とよく思っていたのを覚えています。今の所、現在においても当時の私を納得させ登校させる答えを持っている大人を見た事がありません。大人になった自分を含めてです。

    最初は何か切っ掛けになった理由があったかも知れません、ですがおぼえていません。おぼえていない位なので大した事ではなかったのでしょう。

    運が良かったのかいじめ(突然登校する事もあったので気味悪がられたりはあったと思う。)なども受けた覚えも無いし、友人にも恵まれました。極端に勉強についていけないという事もありませんでした。

    最初の切っ掛けはそんなものです。

    もちろん親は登校させようとします。かなり反発をして毎朝口論していました。

    我が家には熱が37度以上ある場合は休んでもいいルール、朝10時過ぎるとそれ以上は追求がなくなるなどボーダーラインがあり、あの手この手で休む大義名分をもぎ取っていました。全盛期には体温をある程度自在に上げる事が出来るようになり、かなり楽に休めるようになりました。(こういう事が出来る子供は結構いるらしいです。)

    母親をかなり思い悩ませたでしょうし、迷惑・心配をかけた事を今では反省しています。ただ、当時の私は学校に行くという事に意味を見出せずにいましたし、親や担任の教師などが言う「そういうものなんだ。」という事に納得が出来なかったのです。

    親、兄姉(私は三人兄姉の末っ子。)の雰囲気は私のせいで険悪でしたし、罪悪感もありました。逃げていると言えばそうだったのでしょうが、一つの納得が当時の私にするとひどく重要に感じられたのです。

    登校拒否期間が長くなると

    私は幸いにも受け入れてくれる友人がおり、いじめなどはありませんでした。

    友人に説得・誘われ気が向く時は登校する事もあったのですが、ある日異変が起きます。

    数ヶ月ぶりに登校しようとした時に、学校が近づくにつれ動悸が激しくなりその場にへたりこんでしまいました。原因はわかりません。心理的なストレスだったのかもしれません。何度も校門をくぐれずに折り返しました。

    この時から自分の中で、自分で選んだ登校拒否行く気があっても登校できない事が共存し始めます。矛盾のように感じますが当時の私にははっきりとそれがあるのが分かっていました。自分でも説明が困難(今振り返っても)な状態になってしまうのです。

    問題はそれを上手く伝えられない事理解を得られない事でした。

    親や担任の教師、または同級生にとって「学校に行く事は当たり前。」であり、それを「なぜ?」と思っている私とでは「なぜ?」に「なぜ?」とお互い返すしかなくなってしまうのです。

    ここで思い違いをしてほしくない事は、「学校に行かなければならない理由」に関してあなたの理屈・正解が重要ではないという事です。重要なのは当時の私(当人)が納得できる事です。

    将来真っ当な大人になる為。社会に出た時に大変になる。学校ごとき耐えられないのであれば社会に出た時耐えられない。一部分ではその通りだと思います。ですが、当時の私は納得できませんでした。

    同時に自分の事で悩ませている事への罪悪感上手く伝えられないもどかしさ通わないではなく通えなくなってきている事への不安などを常に抱えていました。

    救われた事

    小学高学年ほどになってきて、母親や担任が私の扱いにお手上げになっていた頃、父親が「自分で考えて決めて好きにしろ。」と言ってくれました。

    人によっては冷たく聞こえるかも知れませんが、私はこれに救われます。

    父は元々放任主義的でしたが、自分の道理と道義で行動する人でした。

    相変わらず学校側は当たり前ですが通わせようとしてきましたし、母はその対応にやきもきしていたと思います。

    父親からのお墨付きをもらった私は好きな事に没頭します。家には読みきれないほどの本があり、それを読んだりゲームをしたり、ギターをひたすら弾いたり、中学に上がる頃にはピアノも始めました。それらは後の人生、今に至るまで私の支えになっています。

    父は私の話をよく聞いてくれた人でした。その分衝突する事も多かったですが、けして私を否定する事はありませんでした。

    中学に上がり保健室登校

    中学に上がっても相変わらず登校していませんでしたが、たまに保健室の養護教諭に会いに行く事はしていました。

    私はその養護教諭と会話するのが単純に好きで邪魔にならない程度(本人的にはわからないですが。)によく話をしていました。

    後々気づくのですが、なぜ彼女と話すのが好きだったのかというと、彼女は私を登校拒否児としてではなく私と会話しくれていると感じていたからです。

    他の教諭も私を人間だとは思っていたでしょうが“登校拒否をしている児童”というのが頭に付いている感じがしていました。それはしょうがない事だとも思っています。

    彼女は私にアドバイスするのではなく私に多々アドバイスを求めました。その都度精一杯考えた事を話したのをよく覚えています。

    中学卒業以降、直接会う事はありませんでしたが、電話にて数回今勤務している学校での登校拒否児に対してのアドバイスを求められました。私は当時彼女の話す他愛もない会話や愚痴を話してくれた事が嬉しかった事、感謝している事を伝えました。

    数年前、彼女は五十代半ばでガンにより死去していた事を知り、大人になった自分の姿を見せられなかった事が唯一の後悔です。

    登校拒否しなくなった理由

    そんな私の登校拒否は呆気なく終ります。

    高校進学です。

    当時、高校受験もするつもりがなかったのですが友人から「受けるだけ受けろ。」という助言から受験し受かってしまったからです。

    小、中学校は半分強制ですが高校となるとどういう経緯にしろ自分の意思です。私の中で納得できる理由になったというだけの話でした。

    結果的に高校生活は楽しかったですし、音楽活動その他もろもろで色々な人間に会う事ができました。受験を進めてくれた友人は恩人だと思っています。

    現在、私は一見まともな(?)社会人であり、少なくとも苦にはされてない(はずの)大人になっています。

    元登校拒否児が思う登校拒否について

    今私は30代前半ですが今の今まで登校拒否をしていた事を後悔したことはありません。母親や私のために時間や労力を費やしてくれた人に申し訳なかったという事以外では。

    それを踏まえて思うことは、登校できるなら登校した方がいいという事です。それは、それなりに普通の人が困難で無いことが困難になる可能性はやはりあるからです。ただし無理をする必要はないとも思います。

    一括りに登校拒否といっても、その子によって事情は異なるはずです。一括りにされることは私自身も忌み嫌っていたことですし、ましてやいじめなどの犯罪に巻き込まれているのであればとっとと逃げるべきです。治る事のない心の傷を負ってしまうより逃げる方が何万倍もましです。

    元登校拒否児が思う某登校拒否YouTuberとちょっと待ってほしい事

    興味がないのであまり見たことはありませんが、他人に登校拒否を推進しているようなので、本人が登校拒否をするのは自由ですが他人に推進するのはいかがなものか?というおそらく一般的な事しか思いません。後はそこまでの行動力があるのであれば登校くらいへのツッパリでは?とも思います。

    私も登校拒否している時、他の登校拒否をしている子に会ったこともありましたが、「なんでこの子は学校いかないんだろう?」とあまり共感をもった・もてた人に会ったことがありません。それほどそれぞれ事情が異なるという事、他人の理屈・正解・一般論は重要なことではないのです。

    ただちょっと待ってほしい事があります。それは父親への意見です。

    父親がある程度子の行動を諫めろという意見もわかるのですが、あの子の父親はあなたの父親ではなくあの子の父親なのです。

    私は子供がいないのであまり偉そうなことは言えませんが、子育ての正解とはなんでしょうか?

    私の父親は数年前に60あまりの少し短い生涯を終えました。その時私は自由にしていいと言ってくれた事を感謝しているし、心からあの人の子供でよかったと思っています。

    あの子が将来においてあの父親の息子でよかったと思えるなら、それまでの経緯なんて著しく他人を傷つけるのでなければ、どうだっていいと思っています。

    元登校拒否児から現登校拒否児へ

    この文章を登校拒否をしている当人がみる可能性は低いでしょうが、経験上考えていたほうがいい事がいくつかあります。

    自由に振る舞うには必ず犠牲になることがあります。多数の人が経験することを拒否し経験しないという事は近い将来において他の人が困難に感じないことが困難になる事があります。

    具体的にいうと私の場合は文字が著しく下手なことです。高校に入るまでノートを取るということが無かった為に人よりも明らかにヘタクソです。生きていけないわけではありませんが、社会生活においてささいな困難が出てくることは事実です。ある程度その覚悟は持っておくことです。親やあなたに時間を割いてくれている人はそういう事を危惧して、あなたを気にかけていることは忘れないであげてください。

    あとは何もしないで過ごす事はできるだけ止めましょう。人よりも自分と向き合う時間は多くあるはずです。没頭できることがあるなら、それに没頭してください。それは一見遊びに見える事でも構いません。ゲームや漫画だって構わないと思っています。私の場合はギターでした。それはこの先長いであろう一生において、思いもよらない形でもあなたを救うものになるはずです。色々なコミニティー(集まり)の入り口になり世界が広がります。

    元登校拒否児の戯れ言 のまとめ

    最後にですが、今現在お子さんが登校拒否をしていて悩んでいる親や関係者の大人の方へ。

    理解に苦しむ事や自分を責めたり子育てに失敗したなど思いこんだり、悩んだりしていると思います。

    安心してください。あなたのせいではありません。

    その根拠は私の人生は私の人生だという事です。その子の人生はその子の人生のはずです。いじめや虐待、暴力などは話は別ですが、問題の答えはその子の中にしかないはずです。

    あなた達の行動を一挙手一投足見ているはずです。あなた達の本気は伝わっています、ただしその逆もです。

    助けが必要な時が必ずあります。その時に助けてあげて欲しいのです。

    あと一つお願いがあるとしたら、頭の先から足の先まで、最初から最後までその子を信じて欲しいのです。

    元登校拒否児の私は、今大人になっています。

    ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村


    人気ブログランキング

    コメント

    タイトルとURLをコピーしました